こんな人も生きてます。

強迫性障害を患う、とある主婦の日常。

私が登校拒否をやめた理由。・1


登校拒否になった理由を描いたなら、やめた理由も描かないとなーと思い もう少しだけこの話を掘り下げていきます。今週中に終わります。

この時は「○学生なのに留年!?本当に!?」で頭が一杯でした。 (その前の年はその年以上に休んでいたので尚更。) 怪我や病気等といった、やむをえない事情の留年ならともかく (こんな理由で留年になるのは絶対に嫌だ!!)と必死でした。

からかってくる人間に対しては (辛いよ…何でこんな事言われるの…?)から (お前らの都合で私の人生潰されてたまるか!) ぐらいの感覚に変わりました。 今と違ってSNSはおろかネットも広まっていない時代+暴力は無かったので 悪口とボッチ晒しさえスルーできれば私は登校できたのです。

改めて思い返すと、めっちゃゲンキンな奴です…。 私の場合結局「休んでいても何とかなる」という甘えがあったんです。 ダラダラ行ったり休んだりを繰り返す私の尻を先生が叩いた感じです。

ただ、留年と脅されただけではなくて、先生は先生なりに 私にとって少しでも過ごしやすいようしようとしてくれたのが感じ取れました。 少なくともこの時は休み時間に一緒に話す事ができるグループがいました。 多分先生が何か言ってくれたんだと思います。だから登校できたんだと思います。

登校拒否する以前にも話しかけてくれる子がいたり、手紙をもらったり、 何だかんだでグループに入れてくれる子がいましたが、 その時は仕方なく感というか、何処かぎこちなさがあって、 (先生から何か言われたのかな…)と捻くれた考え方しか出来ませんでしたが

先生から何か言われたのだとしても、それで仲間に入れてくれようとした、 私を助けようとしてくれた人の勇気や優しさが、確かにそこにあったのに。 「仕方なく(仲間に入れてあげる)」に対する劣等感や申し訳無さの方が強かった。 話しかけてくれる子に対してキョどってしまってちゃんとした返答が出来なかった。

過去を振り返ればイジメやぼっちに対する恨み辛みも勿論ありますが 当時の自分の性格の悪さと態度や黒歴史への反省や後悔も付きまとってねぇ…。

イジメられた記憶や感覚は徐々に薄れていってるけど あの頃の反省や後悔は一生消える事は無いだろうな。